司馬遼太郎が訪れた場所、街道をゆくの風景を追って
台湾に行くけど、その歴史が分からない。なぜ台湾人は親日的なのだろう。ガイドブックに書いていないような事も知りたい。初めて行く方はもちろんの事、何度も行く回数を重ね、ますます色々な事を知りたくなる、そんな方々もいらっしゃるのではないでしょうか。そんな方々にとって、台湾の様々な事を網羅した一冊の本がここにあります。それは司馬遼太郎さんの著書、台湾紀行(街道をゆく40)です。出発前に、そして旅先で、もし時間があれば、読んでから出かけてみませんか。きっと司馬さんが歩いた場所に現地で出会えるはずです。
そもそも台湾紀行(街道をゆく40)とは?
司馬さんといえば、以前ドラマ化された坂の上の雲など、歴史や時代物の小説家として有名ですが、もう一つ有名なシリーズ、それが街道をゆくシリーズです。日本全国はもちろんのこと、海外までも網羅した優れた紀行集です。その一冊の中身は非常に濃く、司馬さんの旅先での目線だけでなく、歴史的な史実や文化に至るまで、細かく調べて一冊にまとめられています。その中街道をゆくシリーズの中でもとりわけ異色を放つのが、台湾紀行です。この本は司馬さんが亡くなる3年前の1993年に掲載された、シリーズ最後になってしまった海外紀行ですが、その内容は紀行の枠組みにとらわれていません。この紀行が取材された時期は台湾にとって、蒋介石から続いた独裁政権下が終わりを迎え、李登輝という統帥が選出されて大きく民主化へと舵が取られた時期でした。そんな大変な時期に、司馬さんは李登輝統帥とこの紀行の中で会談し、内容を本に載せていたのでした。台湾の歴史から、民主化への大きな転換期を描き出したのが、この台湾紀行の優れたところです。
司馬さんが描き出した台湾の未来へのステップは今
毎朝、元気よく通勤バイクが走り回り、右からも左からも美味しそうなにおいが漂い、ファッションに芸術に優れ、平和で旅行者にさえ元気を分け与えてくれるかのような、現在の台湾。そんな今の風景を司馬さんがご覧になられたら、どう思うでしょうか。台湾紀行の対談・場所の悲哀のまえがきにこんな事が書かれている。“一個の人間の痛覚としてーきれいにいえば、惻隠の情だがー台湾の未来が気がかりなのである。”(司馬遼太郎 台湾紀行P375)
偶然にも一発の銃声が聞こえることもなく、蒋一家の時代が終わりを迎え、民主化を迎えた直後の司馬さんの台湾を思う気持ちがはっきりと書かれています。そんな台湾紀行の中から、司馬さんが見たであろう風景をほんのちょっとだけご紹介したいと思います。
海の城(P198)

安平古堡
‘17世紀の台湾は、そういう世界史の波に浮かび上がったのである。’(P206)
そういうとはオランダが台湾の南、台南に城を構え、貿易を始めたころの話です。司馬さんも訪れた安平古堡は台湾の歴史の始まりでもあり、本の中でも、その史実の話は事細かに触れています。司馬さん曰く、‘ふるくは国主なき地だった台湾’が外国の統治下に下って行った場所でもあります。今ではそんな地も熱帯雨林の樹々の中に埋もれ、その姿は天空の城ラピュタに近づきつつあり、統治や支配、その歴史を樹々が呑み込もうとしています。民主化がどんどんと進み、歴史の町であった台南の町は今や古きよき誰からも愛されている観光の町となりました。
山川草木(P250)

‘人の文明など単なる驕りではないかと思えてくる。が、私にはヒトの営みが懐かしい。’
(P255)
そう思わせてくれるような街並みの高雄。高雄は地質学上、さんごや古生物の骨の殻でできた大地の上に立って発展してきたそうです。その中でも司馬さんも気に入った美しき川と貿易港は古代の話と比べると、確かに驕りなのかもしれません。ですが、そこから生まれた営みをいまだにこの街高雄は大切にしている気がします。ちなみに、司馬さんが泊まったホテルは国賓大飯店(アンバサダーホテル)高雄といい、今でもその美しい川、愛河の畔に建っていて、部屋からは美しき川の流れを見て楽しむことができます。高雄は台湾第二の都市、そして貿易港として今も栄えています。
太魯閣の雨(P361)

‘六十になったら、山地で福音を伝えたい といった李登輝さんの山地とは、象徴として、おそらく太魯閣の山岳であったろう。’(P371)
びっくりする話ですが、この上の写真の太魯閣の風景を司馬さんは見ていません。台湾で当時一番の統帥という地位の李登輝氏に太魯閣に行こうと誘われたにも関わらず、ホテルで寝坊したいという理由で断ってしまった司馬さんなのでした。朝寝坊のベッドの中から出発した李登輝氏とその家族をこの風景とともに想っていたという。大胆な事だと思いますが、司馬さんらしい話です。そんな太魯閣は台湾の東、花蓮という町から山を上がっていきます。写真に写る岩肌は大理石です。その白い大理石の岩肌を削る美しい急流の川、太魯閣はいつの時代も変わることなく、山深い台湾きっての観光地です。
最後に
台湾紀行は多くの場所だけでなく、多くの日常の風景を歴史とともに映し出しています。難しい話だけでなく、日常の些細な風景まで描写されているこの本、読み進めていると、まるで台湾に自分がいるかのように思えてきます。時間があれば、是非読んでみてください。